鏡よ鏡、鏡さん
 
三波春夫が憎いです。殺してしまいたいくらいですね。もう死んでますけど。1度でも接客業に就いたことがある方にはわかると思います。なんで彼は「お客様は神様です」なんて言葉を吐いたんでしょうか。その言葉に真意があるのかどうか、それとも単なるキャッチコピーだったのか、それは解りかねますが、後世に残した罪は大きいと思います。万死に値するでしょう。もう死んでますけど。なにしろ「お客様は神様です」という言葉だけが一人歩きしていますからね。三波春夫の言葉だと知るまでは、私はこれをことわざか慣用句かと思ってましたから。

現在コンビニバイトをしているのですが、たった1度だけお客と揉めたことがあります。接客業ですからお客のクレームにはきちんと対応すべきですし、それが仕事なのでそう努力しているつもりなんですが、さすがに相手が神様となるとそうもいきませんでした。しかも酔っ払った神様。

入店するなり神様は突然大声で「おい!ラガーどこだ!」。ええ、飲料のとこに案内しますよ。そして「こちらです」とラガーを指したら、「おう、2本だ、持ってけよ」。ええ、レジまで持っていきますよ。早く帰って欲しいですから。会計して「○○円です」って言ったら、「そんな高くねぇだろ」とかいきなり怒りだし始めました。コンビニで高いもくそもないと思うんですけどね。全部定価ですから。ちょうど手の空いていた相方が電卓を取り出して目の前でもう1度計算して金額を伝えたんですが、それでも払ってくれません。なんかぐだぐだ言って相方に怒鳴り始めたのです。終いには「こんなもんいるか!」って、レジのラガーなぎ倒してしまいました。私は隣で「困ったな」という顔をしていたんですが、それを見つけた神様は私の顔が気に入らなかったらしく、「なんだお前そのツラは!」って怒鳴られてしまいました。いい加減腹が立っていたのでこう答えました。「普通のツラっすよ」。これが原因で泥沼になってしまったんですけどね。最終的には「警察呼びますよ」という言葉で大人しくなり帰ったのですが、あんまり腹が立ったので、私も最期は1発怒鳴ってしまいました。その場に店に居合わせたお客さんごめんなさいごめんなさい。

ぐだぐだ揉めている時に、そのお客が言った言葉がとても印象に残りました。「おれみたいな客だって居るんだぞ」と。確かにその言葉自体は正論であると思います。そして社会的な常識の範囲内のクレームであればコンビニ店員だって誠意対応はできます。しかし社会常識から外れた常識を振り回されても、それはすでに常識ではありません。「おれの常識は全裸だ」とか言いながらフルチンで入店するようなものです。「他人は自分を映す鏡」という言葉があるじゃないですか。フルチンで入店したら警察呼ぶわけですし、「なんだそのツラは」と言われれば「普通のツラです」と答えるわけです。神様気取りは結局自分に跳ね返ってくるんじゃないでしょうか。だいたいそんな威張り散らした神様なんて聞いたことありません。

三波春夫があの言葉を言っていなかったとしたら、接客ももう少し変わっていたかもしない。これは真面目にそう思います。私が店員だからそう感じる部分が大きいとは思いますが、お金を払う方が偉いという風潮に行き過ぎがあると感じます。資本主義に競争があるのは当たり前の話で、それはサービス競争にも言えるわけです。しかしサービス競争が過熱し過ぎることは不利益も招くと思います。単純に資本力が大きければ、それが小さいところより多くのサービスが提供できるわけですから。価格破壊が起きている業界なんてどこも小さいところから消滅してますからね。まな板買えば包丁5本セットが付いてくるなんてのは、あれは最初からセット売りだからいいんですけど、そのうちまな板買えば新車が付いてくるなんてことになるんじゃないでしょうか。

ところで、公務員に向かって「税金泥棒。誰のおかげで給料もらえてるんだ」というような話を聞いたことがありますよね。社会のシステムを、自分が税金払うところからスタートさせたら確かにその理論は成り立つんですが、例えばこの言葉を警察官に浴びせてみたとしましょう。実は逮捕されることもあるんです。まさに「他人は自分を映す鏡」ですね。
 
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