ウォーリーは居ない
 
NHKvs朝日というメディア同士の泥試合が白熱しております。政界まで巻き込んでのメディア同士の壮絶な泥試合です。双方ともまだ訴訟は起こしておりませんので、どういう決着がつくのか皆目見当もつきませんが、今のところ双方が「言った」「言わない」の戦いに終始しており、今後の展開もくそもあったもんじゃないといったところでしょうか。

どちらの言い分が正しいのかということにはあまり興味はありません。「言った」「言わない」の世界に議論もへったくれもあったもんじゃありませんし、緒戦から泥試合の様相じゃないですか。決着云々よりも、この後いかにぐだぐだに展開していくのかに興味が湧きます。メディア同士のどつき合いなんてそう滅多に見られるもんじゃありません。

しかし報道がここまで醜いとなると嫌気がさしてきます。勝手にやってくださいというのが正直なところです。普段の報道は別に構いませんよ。どこぞの誰が死にましたとか、どこぞの国が顛覆しましたとか、曲げようもない事実を垂れ流しにしているぶんには害はありませんし、それは曲げられたらたまったもんじゃありません。そうでないと現に食卓を囲んでいる家族が実は死体だったとか、亡命先を新たに探す羽目になったりしてしまいますから。問題なのは今回のように我々が知り得ない事実に対して悪意のある報道がなされているということです。例えこれが裁判に進展して判決が下ったとしましょう。しかしそれは司法の判断であり真実ではありませんし、たとえどう判断されようともどちらかがうそを報道していることには間違いはないのです。

いつから新聞やニュースは間違いさがしになったんですか。雑誌なんかによく間違いさがし載ってますけど、あれはあれで答えも載ってるじゃないですか。報道が間違いさがしじゃ困るんですよ。しかも答えのない難問。いつからというか、最近私がやっと気が付いただけなんでしょうか。確かに多少は疑いを持ちながらではありましたけど、さすがにここまであからさまになると、疑いを通り越して脱力してしまいます。

NHKなんて延々とテレビ体操でもやってりゃいいんですよ。24時間体操しっぱなし。そうであれば受信料も払いましょう。朝日新聞なんてののちゃんだけ掲載してればいいんですよ。全紙面ののちゃんの4コマ。だったら朝刊2部くらい取りますよ。ののちゃん読みながらテレビ体操。フラストレーションの溜まらない健康的な生活が、メディアによってもたらされるわけです。
 
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