第二話・手のひらに舞い降りた曲

 前回カラオケ館でポップンミュージックを初めてプレイしたわけでありますが、それから二回目を叩くということはありませんでした。ゲームが嫌いになったわけではありません。依然CDの方はよく聴いていましたし、上手い人がプレイしていれば目を奪われることもしばしばありました(相変わらず筐体に2メートル以上近づけないでいましたが)。
 それでも、二回目のプレイはしませんでした。私は、まだ高い『壁』を感じたままでした。

 転機は側面から、静かにやってきました。友人のホームページで、にわかにオフ会が開催される運びとなり、無論私は参加を表明しました。
 ここで、はたと思いました。一度皆でゲーセンに行くのですが、参加するメンバーは全員DDRerであったり、ギター弾きであったり、するのです。もちろんポッパーだって居ます。そう、こういうメンバーでゲーセンに行けば『音ゲーオフ』となることは必至です。思い出される音ゲーの記憶。ただ一度プレイした音ゲーの記憶。

 どうしよう。自分は、まるで音ゲーが出来ない。
 いや、待て。自分にはあるじゃないか。
 やり込むに値する好きなゲームが。ポップンミュージックが!

 オフの開催日まで、数週間しかありません。場所は上野、ヴォルテックス。ポップン2の人気も一段落し、プレイ料金も一回100円となった頃でした。200円というのはまだ抵抗がありましたが、これなら受け入れられます。
 もう自分にはこれしかない。やるならば、極めるなら好きなもの、です。普段は順番待ちと間違われないように、筐体から離れがちに立っていましたが、今日は違います。確信を持って筐体の前に立ちます。ためらうことなく、100円投入。赤いボタンを叩く。前回の記憶を引っぱり出して、キャラクターを例のうさぎにチェンジ。そう、ミミこそがよっしーのマイキャラです。

 とにかく、一曲叩けるようにする! それを目標にしました。
 選んだ曲はもちろん、『ポップス』こと『I REALLY WANT TO HURT YOU〜僕らは完璧さ〜』です。
 始めはとにかく叩きまくり。あれだけ聴いた曲ですが、すっかり目押しになってしまっていました。落下してくるポップくんを目で追う。頭でどのボタンを叩くか変換し、目押し。二行程、三行程の作業を経てやっと一つ叩く。えぇい、始めはこれでも良し。そのうちもっと効率の良い変換式が脳内に出来上がるだろう。叩く、叩く。一回。二回。
 前半はだんだん譜面が見えるようになってきました。後半の保険のために、出来る限りGREATを取っておこうとする。意識がそちらに向くと、他がおろそかになる。えぇい、意識を傾かせるな。そのうち、中盤のリズムに「定型句」のようなものを見つける。譜面を脳で変換せずとも、その部分は叩けるようになってきました。
 言うなればこれは曲の解体作業。理解できるレベルまで曲そのものを解体し、頭に残った曲のリズムに合わせ、再び組み上げていく作業。なんともどかしい。あれだけ好きで聴いた曲をこの手で解体していく。しかもそれを上手く戻せない!
 違う。違う! こうじゃない!
 思い出せ。リズムをつかめ。譜面に惑わされるな。曲はすでに、私の中にある!

 何回目だったでしょうか。最初に落ちてくるポップくんに対応したボタンに待機させてある手が動いたとき、しばらくして他の部分も動き出しました。

 「……perfect 僕らは 完璧なのさ」

 くちびるです。いつしか口ずさんでいました。そう、完成した曲の姿はもう私の中にある。周囲は他のゲームの音で満ちています。他の人に聴き取られる心配はありません。気にすることは無い。
 「歌いながら叩く」。それがよっしーの初の攻略法でした。

  perfect 僕らは 完璧なのさ
  いつかは世界中の人へ誓うのさ
  perfect 僕らは おんなじなのさ
  すべてはこんなふうに音でならすから

 完璧。この世に完璧はない、というのはよく聴く言葉です。ましてや、今この曲を叩いている私のプレイは完璧にはほど遠い状態です。この世に完璧はない。それでもなお、この曲は完璧であることを世界の人たちに誓ってみせると歌い上げています。そう、完璧であることが重要なのではなく、完璧であろうというその姿勢、生き様こそが大事なのです。つづいて、僕らは同じである、と。平等という心をも歌い上げているのです。叩いて、歌って……やっと気が付きました。『ポップス』という曲が持つ意味に。リズムは加速し、中盤の難関に差し掛かります。

  夜明け前 beatmaniaで
  走り出せるさ スピードをあげて
  逃げだしてしまえ

  さあ perfect 僕らは 完璧なのさ
  いつかは世界中の人へ誓うのさ

 「いつかは世界中の人へ誓う」。そう、彼らはちゃんと完璧でない自分というのを知っているのです。だから誓うのです。誰に? おそらくは、大切な人に。
 完璧には遠く及ばない自分。でも、いつかはきっと誓ってみせる。きみにも、世界中の人にだって完璧であることを誓ってみせるよ!
 ここで、また気が付きました。
 『ポップス』は強烈なラヴソングでもあったのです。

  perfect 僕らは おんなじなのさ
  全てはこんなふうに音でならすから 本当さ

 そう、本当さ。きみにも、世界の人たちにだって誓ったもの。
 ゲージは八割近くまでのびていました。ゲージが、ようやくここまでのびました。
 十五回目のプレイでの出来事です。
 初クリアと同時に、私は幸運にも『ポップス』の曲に込められた意味をくみ取ることが出来ました。
 曲を覚え、歌詞を覚え、譜面を理解し、歌に込められた意味を知る。すべてが一つになり、それは静かに舞い降りてきました。目には見えなくとも、はっきりとわかります。

 『ポップス』こそは、このよっしーが初めてクリアした曲です。
 誰にも胸をはって言える、確かな手のひらの上の真実です。