(前半部略)
音ゲエの練習のため、急ぎ退社した。
閉店間際のゲエセンは空いていた。こんな時間にポツプンをする者などいないのだらう。
連日の激務が祟つてちいとも調子が上がらなかつた。
ギタフリが終了し、ふとポツプンに戻ると何時の間にか少年がポツプンをしていた。
青ボタンにようやく手が届くやうな少年だつた。
「ほう」
感嘆の声が漏れ出た。
筐体の匣の中で、いくつもGREATが叩き出されていた。
まるで光の糸を紡いでいるやうだ。ときおりGOODが混じるのは仕方がないにせよ、他は完璧だつた。
筐体の匣の中は、こうしてみつしりとGREATで埋まつているのが良い。
ああ、美しい。
なんだか酷く彼が羨ましくなつてしまつた。
(以下略)
ポップンミュージックと出会い、ポップン2の末期から叩きはじめたよっしーにとって、ポップン3は特別な位置づけにあります。ちょうどポップンに対する視野が広がり始めた時でしたので、ポップン3は眼前に大きく広がった大地のようでありました。底の見えない楽しさを感じていたときでした。
初プレイで『ギターポップ』がまるで出来ずに長い間敬遠してみたり、『マジカルガール』のサビのところであえぎながらクリアしてみたり、あこがれを抱きながらも『ユーロダンス』のクリアがいつまでも出来なかったり、今になって『アイドルガール』や『テクノ'80』に大ハマリしてみたり、『ケルト』でコンボアタックをしてみたり(当時の最高記録70COMBO)『カントン』のクリアが安定してきたり、という感じでした。
『パワーフォーク』? 手も足も出ません。
ネット上に、ひとりの友人がいました。大阪在住の、顔も見知らぬ友人です。音ゲー掲示板で知り合い、ネット上で徐々にお互いのことを知っていきました。彼は「ギターフリークス」の名プレイヤーでありまして、インターネットランキングにも名を連ねたことのある猛者であります。けれどもポップンの方はまだ駆け出しで、お気に入りである『カントン』の練習に余念が無かったようです。少し前に『カントン』のクリアが安定していたよっしーは、そこの音ゲー掲示板では、ほんの少しだけ彼より先輩でした。
その頃掲示板で盛り上がっていた話題の一つに、「ポップン3でのマイキャラを誰にするか」というのがありました。ポップン2では依然ミミを使っていましたが、ポップン3は本当にいろんなキャラが増え、いろいろ目移りしていた頃です。
「よし、決めた! ポップン3ではリンリン使う!」
「あ、それウチのマイキャラや」
「えええぇぇ! いいもんいいもん! おいらにはミミがいるもん!」
さりげなく、もの凄い告白。ここで彼の一言が無かったら、ミミクル☆ムーンは無かったかもしれないのです。誰かの一言が、生き方の指針を決定することもあるのです。……大げさですかね。
(前半部略)
なんだか酷く彼が羨ましくなつてしまつた。
彼の少年はどこへ行つたのだらう?
あの匣が欲しい。自分でもポツプンをしてみるが、どうしても隙間が生じる。コンボとコンボの間に厭なものが入り込んでしまうじやないか。
なぜみんな、そんな隙間だらけで平気なのだ。
叫びさうになつた。
ああ、彼の少年が羨ましい。あの匣が欲しい。
強い恋愛感情が発露した。そして後悔する。なぜあの少年の後を追わなかつたのか。
明日は休暇だ。時間はある。そして、まだ遅くはなかろう。
そして、あの匣を造るとしよう。
(以下略)
そんな最中、急遽ギターフリークスの彼に会えるチャンスが巡ってきました。東京、新宿で開催されることになった音ゲーオフに、大阪から参加してくれるという報が入りました。これは凄いことになった。しかも集まる面子もDDR、ギターフリークスと各方面のエキスパートクラスの人たちが集まってきます。むしろよっしーを始めとするポッパーの方が少ないくらいです。ですが、なにか一つ見せるものを用意しなければいけません。
そこで思いついたのが、ポップン3での人気曲『パンク』でありました。バキバキのクールなパンクロック。難度ゲージを鵜呑みにするなら、高難度に位置する曲です。他にも上手い人はたくさん居ましたが、よっしーはギターフリークスの彼に、当日『パンク』をクリアしてみせる、と約束して見せました。自分なりに、見せるものを用意しなければ。駆け上がれるところまで、駆け上がるつもりです。
その日から猛特訓が始まりました。当時はまだ真・ポップンコントローラーを持っていなかったため、練習といえばゲーセンで叩くしかなかった頃です。
がむしゃら。ひとことでいえば、そうでした。ポップン2で叩き方の基礎を学び、両手がボタンの位置を覚えた状態でありましたが、まだまだリズムを刻む、譜面の構成を読みとるところまでは上手くなっていなかったのです。とにかく『カントン』安定後はひたすらにプレイの純度を高める事を意識しました。『デジロック』でリズムを刻む練習をし、依然クリアの見えない『パンク』をひたすらに叩きました。
そんなある日のことです。感覚が澄んでくる、と表現するのでしょうか。目的を持って練習していたからかも知れません。曲と一つになる……譜面が整理されて目に飛び込んでくる感覚というか、自身にも変化がありました。左手でリズムを刻みながら、右手で視界の端に見える別のポップくんを叩くことも少しずつ出来るようになりました。
こういう感覚というのは、初めてです。
ほどなくして『デジロック』が、そしてついに『パンク』が手の平の上に舞い降りました。
静かに、とても神々しく。唇から、言葉がもれる。
「……来た」
じっと手を見る。セットであるかのように、握りしめる。
オフまでには、あと二日ありました。
(前半部略)
そして、あの匣を造るとしよう。
部屋に戻つた。一睡も出来ぬ。座敷の中央で布団に包まつて夜を遣り過ごした。
様々な思いが浮かんでは消えた。
オフ会の事。セツシヨンの事。ああ、これではポツプンを披露できぬ。過去の思い出は連綿と続き、苛立ちと焦燥とを安心へと誘つて呉れる。
(中略)
BADは厭だ。BADは虚ろだ。BADが混じると、そこから虚ろが生じる。
叩いているだけで不安がぞろぞろと肥大して来て居ても立つてもいられない。
脳髄が肥大して鬆が出来さうだ。一秒たりとも我慢がならぬ。
さうだ。簡単な事なのだ。彼の少年もこうして練習したに違いない。
自分でポツプン匣を造り、それで練習すれば良いのだ。
良い考へだつた。
匣が出来上がるまで七日かかつた。其の間は眠らずにずつと座つていた。
匣が出来上がると再び幸せが訪れた。何と云ふ幸福感。
安定した。
反復練習を繰り返し、隙間の出来ぬやうに無駄の無い行動でオフ会を迎えるのだ。
音ゲエの練習のため、急ぎ退社した。
(以下略)
そしてオフ当日。
奇妙なテンションの中、掲示板上で知り合った人たちと出会い、挨拶を交わしました。つづいてゲーセンにてそれぞれの得意分野でのプレイによる対話。ギターとドラムの、地域を越えて実現したセッションプレイ。思っていたよりも遙かに、皆近い位置に始めからいました。みんな音ゲーが好きなのです。
そしてついに「よっしーのポップン」を見せる番が来ました。こうしてギターフリークスの彼の前で、ポップンを、『カントン』を叩ける日が来るとは。今こそ見せよう、練習の成果を!
『カントン』、『デジロック』と順当にクリアし、いよいよ『パンク』を叩いてみせる。
が。前半でゲージを三分の一のばすところ、出足が鈍い。焦燥感。同時進行で脳の片隅にそれを追いやる。譜面が半分流れる。不覚にもこの先の展開が見えてしまう。まずい!
ゲージ半分で終了。……そんな……ここ一番ってところで……。
二回目の挑戦で、一応『パンク』はクリアできたが、この前の神懸かった感触はどこにもない。叩く感触までもが違っていた。
ですが。
ギターフリークスの彼に触発されて、この日ギターを弾いてみる気になりました。初プレイの時、ベルトを首にかけた上に一曲目で死んでいようとも、今彼が居るときに挑戦してみたかったのです。人々から、感嘆にも似た声があがる。皆日頃よっしーはギターフリークスをやらないと知っているのだ。だがあえて今やるぞ。見ていて下さい!
一曲目『GOGO AGAIN』。一番難度の低い曲であり、初プレイの時三小節くらいで終わった曲であります(ポップンと異なりギタフリはゲージを失うとそこで終了する)。でも、今日は違う! この緊張がうまく集中力へと変換され、今度は譜面がちゃんと見える。ピック、ピック。……今度は出来る! 二曲目も『GOGO
AGAIN』を選択したが、三曲目に初めて弾いた『CUTIE PIE』もクリア。ギターフリークス、初完走。
そうか、今日はギターの神様が降りる日だったのか。
この時やっと、笑顔が戻ったように記憶している。
そしてこの後のことも記憶している。皆と別れたあと、ひとりでゲーセンに向かい、今一度『パンク』に挑戦し、パンクの神の片足を力尽くで掴み取ってきた事を。あともう少しで安定する。
クールなビートは刻めなくても、ヘコみの地平の彼方は見えているんだ。
音ゲエと云ふのは何故に■■■■■■■■
練習に使ふ■■■■■■筐■■■■■
何事も順番にクリアするのが善い。
綺麗に組み上げるために■■■■■が必要であらう。幸ひ道具は持つている。
譜面を確認してゲエセンに出■■■■■■■■■■
(中断)
−判読不能−
(再開)
何故だらう。何故上手く行かぬ。やり方が下手なのか、修練は積んだつもりだが一向に上達せぬ。
出来ぬはずは無い筈だ。他人に出来て自分に出来ぬ事など有らう筈がない。嗚呼汚らしい。
サウンドトラツク練習中に指の傷が割れてしまつた。何故にかう■■■■■■■■■■■
厭だ厭だ厭■■■■■■■■■■■■故出来ぬ。
この指の血が■■■■■まふのだらう。筐体を真紅に■■■■■■■■
(中断)
−判読不能−
(再開・但し欄外に記されている)
醜い傷跡だ。おかげでせつかく記した作成レポートが汚れて仕舞つた。
(中断)
(再開・但し升目は無視されている)
作成レポートを書き直す時間はない。もうオフ会は明日なのだ。
また失敗した。今すぐ出かけよう。あの少年を
(中断)
ギターフリークスの彼との再会は、意外に早く訪れた。
東京で開演される「劇団てぃんか〜べる」の手による「魍魎の匣」の演劇に彼が来てくれるというのだ。舞台の公演日まで、あと二週間もないが、ここでまた一つの約束を取り交わしました。
ギターフリークスの彼は、ポップンで『カントン』をクリアしてみせること。
よっしーはギターフリークスにおいて『FIRE』をクリアしてみせること。
ギターフリークスにおいて『FIRE』は☆×4の曲……中難度の曲であると言えます。リミットは二週間たらず。ようし、いいだろう。必ず弾きこなしてみせる。ポップンででも、今度こそ『パンク』が完全に安定したところを見せよう。そして今回新たに見せる必殺技は『サウンドトラック』! この前のよっしーとは違うところを見せなくてはなるまい。
それからでした。あそこまで生活を削り落とす勢いでゲーセンに行ったのは。もとよりギターフリークスは家庭用を持っていなかったので、ゲーセンでしか練習できません。ポップンの『サウンドトラック』にしても、最新作であるポップン3に収録されている曲であるため、当然これもゲーセンでなくては練習できません。
けれども、そう毎日ゲーセンに行ける時間など無いのです。
仕事を終えてから、閉店間際のゲーセンに駆け込む日々が続きました。プレイできる時間は限られています。『FIRE』のピック連打に泣かされ、『サウンドトラック』のポップくんが密集したところが越せずに、なかなか最後までゲージを保ったまま駆け上がることが出来ませんでした。
何故だ、何故ピックのタイミングが合わない。何故だ、何故ここでGREATが出ない。睡眠不足から集中力も欠け、思うように結果が出ない。あぁ、見よ! こんな深夜にゲーセンにいる小学生より自分は下手ではないか。
悪循環でした。ポップンに至っては、とうとう指の傷が割れるほど叩いていました。筐体を、血に染める。安定しない。じっと手を見る。
今思い返せば、この時のよっしーは気が狂っていたに相違ありません。
なにかに取り憑かれたようであったに相違ありません。
これは、楽しいポップンではない。
今でも強烈なノイズと共に、思い出す。
結果、演劇オフの前日には、五曲設定の筐体で『FIRE』を三曲連続でクリアできるところまで弾けるようになりました。『サウンドトラック』も、ゲージが75%を越えるあたりまで上げてクリアできるようになりました。明日、結果を出すのだ。あともう少しだけ持ちこたえてくれ。
「京極堂、僕は始めから傍観者だった。早く幕を引け! このままでは僕は……」
なんだか酷く彼が羨ましくなつてしまつた。
「そ、それじゃあ……あの作成レポートはすべて真実だったって云うのか!?」
「ば、馬鹿な……ポップンでフルコンボだなんて、少し考えれば無理だって解るじゃないか!」
「彼は見てしまったのです。三十万点のスコアを! フルコンボは無理というつまらない常識は、スコアという生きた証拠の前前には何の効力も持たなかったんだ! そして彼はポップンの無間地獄に」
「もう止めて下さい、中禅寺さん!」
「僕には……耐えられません」
当日、演劇「魍魎の匣」を楽しむ。
そう、魍魎だった。今日まで自分に取り憑いていたものは魍魎であったに相違ない。
今日、落とすのだ。憑き物を。奇妙な使命感。こういうプレイスタイルは、今日で終わりにせねば。
観劇を終えた帰り道、ミニ音ゲーオフが開催される。いよいよお互いの成果を見せあう時だ。
先によっしーのギターフリークスを披露する。ピックの連打のタイミングさえずれなければ、クリアは可能なはずだ。クリア安定前の『パンク』を、本番で落とした時のことが頭をよぎる。今は集中。
そう……どうにかクリアできました。ギターフリークスの彼にも、「いけてますよ」と言ってもらえました。これで約束はやっと半分。あとは彼のポップンを見せてもらおう。
神業的なギター使いの彼が、ポップンで『カントン』をプレイしている。危なげなく、クリアまで駆け上がる。キャラはもちろんリンリン。後ろからそれを見ているよっしー。
あぁ 楽しそうだ。
ポップンはこうでなくては。
やっと やっと 約束の輪が閉じる。
後はもう自分との勝負です。もう一度「よっしーのポップン」を披露する。
一曲目は『パンク』。もう一曲目に持ってきても平気になったところを見せておきます。二曲目は『カントン』。かぶせ? これは返礼です。この頃の自己ベストは82000点でしたが、今日は調子があがらず60000点弱……。やや不安になりつつも三曲目は今日の必殺技として体得してきた『サウンドトラック』を選曲。ちょっと驚かれる。ゲージに貯金をつくるため、ポップくんが単体で落ちてくるところで必死にGREATを狙う。譜面はGREATでみっしり埋まっているのが良い。ゲージは天井には届かなかったが、クリア成功。なんという幸福感。
安定した。
でもね。
ギターフリークスの彼も、やはり凄かったよ。「ドラムも叩けるギタリスト」になるべく、彼は最近「ドラムマニア」なる新しい音ゲーの練習をしていたのだ。さっそく見せてもらったわけだが……彼が『サムライ』と呼称していた高難度曲を危なげなくクリアしていた。ノーマルモードとはいえ、これには驚かされた。
「あの……一体いつからドラマニを?」
「今日で五日目」
漢前(オトコマエ)だよ、ホントに。
そしてポップン6のリリースが迫る三月の今日。近所のゲーセンにポップン3がやってきました。
懐かしく、叩いてみる。見える。今なら譜面が見える。譜面の構成はもちろん、制作者の意図していた叩き方までわかるようになっていました。あんなにボロボロGOODを叩き出していた曲が、今ではGREATを出せる。全然コンボが繋がらなかった曲が、いつの間にか三倍以上コンボが繋がる。今なら見える。ポップン3の全貌が。
ポップン2の末期から叩きはじめたよっしーにとって、ポップン3は特別な位置づけにあります。ちょうどポップンに対する視野が広がり始めた時でしたので、ポップン3は眼前に大きく広がった大地のようでありました。底の見えない楽しさを感じていたときでした。
今では、遠くまで見渡せます。
未踏の地はまだあるけれど、今でもポップン3は楽しいです。
ポップン3を叩くとき、いつも約束のことを思い出す。
どん底から、最高に楽しかった瞬間まで、今でも。
<約束・完>
暫くして、珍しくCATさんがやって来た。ポップン6のロケテに行っていたらしい。
「やぁ、univaさん、お久しぶり。倫さんも一緒でしたか」
ポップン6はどうでしたかと訊くと、
「うん、ポップン6はいいよ。それよりね、変な人に会ってねぇ、宿が一緒だったんだけれど、うん、とっても変梃だった」
と無理矢理話題を変えた。プレイできなかったのだ。
「その人はなんだかとても楽しそうでね。もう寒いのに開襟シャツだけ。それでね、このくらいの九つのボタンが付いた箱を持っている訳」
匣……?
私にはCATさんの言葉はそれ以上あまり届かなかった。目の前で喋っているのにどんどん遠退いて行く。
「……なんですよ。可笑しいでしょう? それで訊いてみたんですよ。その箱には何が入っていますかって」
私は無茶な想像をする。
匣の中に
みっしりと
「お気づきになりましたか、って中を見せてくれたんだ。何のことはない。空っぽだったよ。未完成なんだね、あれは」
「よっしーさん、今でも幸せなんでしょうか」
「それはそうだろう。音ゲーの達人になるのは簡単なんだ」
univaが遠くを見た。
「人間を辞めてしまえばいいのさ」
私は想像する。
遙かな荒涼とした大地をひとり行く男。
男の背負った匣には九つのボタンがついている。
男は満ち足りて、どこまでも、どこまでも歩いていく。
それでも
私は
なんだか酷く彼が羨ましくなってしまった。
<了>
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