第六話・長靴履いたうさぎの世界一周

 翌日から世界一周のための準備が始まった!

 まずは隠しエキスパートコースが解禁されているゲーセンを見つけなければならない。しかし近隣のゲーセンではどこも解禁されてはいなかった。……やむなし。今日は「あたり」だけつけるとしよう。最善の状態で『カントン』を叩くためには、四曲目にたどり着くまでにどれだけBADを抑えることが出来るかにかかっている。とりあえず普通に、『アメリカ』と『スコティッシュ』を叩いてみた。

 『アメリカ』→BAD7
 『スコティッシュ』→BAD33

 エキスパートゲージはだいたいBAD50〜60でゲージが0になる。これでは大きな壁である『オキナワ』にたどり着く前にゲージを五分の四は失ってしまう。ダメだ……ッ。黒い動物にこんなに手こずっているようではパンダを連れたリンリンには勝てない……ッ(そういう問題か?)。
 だが『オキナワ』に関してはまだ家庭用で練習が出来る環境にある。
 今日はこれくらいにしておいてやる! 覚えてろ!

 後日。
 自宅からやや離れたゲーセンでようやく隠しエキスパートコースが解禁されているところを発見した。とりあえず、最初は普通に叩いてみよう。「和コース」を表示させて黄色のボタンを二つ同時に押す。錠前がおりる快感にも似た感じでパネルが裏返り、「ワールドコース」が姿を現す。


※アイコン作成・kenさん

 ついについについにこの時がッ!
 目指すは中国奥地に咲く一輪の花。長靴履いたうさぎの世界一周、ここにスタート!

 一曲目、『アメリカ』。
 ハイパー譜面とは言え、まだこれは難度が低い。しかも一曲クリアするごとにゲージが3目盛りほど回復するので、ほとんどの場合『アメリカ』で出してしまったBADは帳消しになる。まだまだこの辺は旅行気分と言うことですか。
 二曲目、『スコティッシュ』。
 第一の難関、なんかかわいらしい黒い動物、ヤード6世くんの持ち曲でありますが、このハイパー譜面には「階段」があり、容赦なくゲージを削りにかかってきます。「階段」とはご存じの通り、譜面を構成するポップくんが階段状に連なって落ちてくる難所であります。ボタンを押す間隔も非常に狭く、物理的にも押しにくい配置であるためここで多くのBADが出てしまいます……!
 ゲージは……六割ほど残りました。恐るべし黒い動物! 手の噛み跡が痛々しいです(噛むのか?)。
 三曲目、『オキナワ』!
 ある意味ワールドコースの大ボスです。ハイパー『オキナワ』はポップン4に於いて、間違いなく高難度曲の一つに数えられていた曲です。右手と左手に違う動きを要求する譜面といい、サビの部分に現れる「ポップくんの柱」と表現される「滝」で容赦なくゲージを削りにかかってきます。
 その難度故に、ポップン4、5とほとんど触れることなく過ごした曲ですが、それが今こういう形で立ちはだかってくるとはなんという皮肉! つまり、避けては通れない人って事だったんですね。ここまで来たらもうマユミさんの胸を借りる勢いで! あ、胸を借りるってなんかいい表現ですネ。どうでもいいですが。いざやってみたら、結構手が動くもんです。やはりあの頃とは技量の底が上がってきているのでしょうか? この頃のハイパー譜面はまだまだ構成が良心的ですし。
 ……すいません、やはりサビの「たっからっかに〜♪」の部分で全てのゲージが焼き切れました。

 作戦会議。
 まずはマユミさんを攻略しない限り話になりません!
 素直に家庭用で練習すればいいのでしょうが、時間的な都合で「現地練習」という形になりがちです。しかも家庭用ポップン4では「倍速ポップン」がやりにくい構成になっています。「クイック(二倍速)」と「ターボ(四倍速)」の二つしかないのです。二倍ではポップくんの間隔があまり開かないので譜面の構成がやや見切りづらい。かといって四倍では速すぎる。結局ゲーセンで三倍速で『オキナワ』を叩くのが一番の練習、という形に落ち着きました。
 三倍速で『オキナワ』を叩いてみると、ポップくんの間隔が開き、譜面の構成がよく見えるようになりました。いままで「右と左で違う動きを要求される」と思っていた部分が実は同時押しで構成されているのが解ったりもしました。いや、むしろポップン4の頃のハイパー譜面というのは、今のハイパー譜面よりも良心的な構成であるかも知れません。
 意外に早く『オキナワ恐怖症』をぬぐい去ることが出来ました。実に、三倍速にしてから一、二回でゲージが絶ち消えそうになりながらも、中国に……『カントン』までたどり着けるようになっていたのです。

 とうとう相まみえたハイパー譜面『カントン』!
 いったいどんな譜面となって帰ってきてくれたのか!?
 余韻を味わう間もなく曲が始まります。聞き慣れた前奏部分にもポップくんが割り当てられている。そして叩き慣れた「右の白、黄」と「左の白」が! ノーマル譜面と同じところ、違うところを確かめるように、噛みしめるように叩いてゆく。歌と曲は聴き慣れたものなのに、手応えがまるで違う。
 良く知っているはずのクラスメートが、久しぶりに会ってみたら面影を残しつつもまるで様相を変えていた、という表現で正解? 前例がないほど長い時間を空けてハイパー化された譜面……。今までに感じたことのない感覚は、この「ブランク」がもたらしたものかも知れません。
 中盤を越えて、いよいよ終盤に差し掛かったときです。にわかに画面一杯にポップくんが降り注ぎ、あれよあれよという間にゲージを削られ轟沈……。
 どうやら
 ここが「壁」のようです。

 作戦会議その2。
 ハイパー『カントン』を抜けるためには、どうしてもゲージに余裕を残さねばならないッ!
 その為には黒い動物の曲とマユミさんの曲を如何に無傷で乗り切るか、というところに焦点が合う。その為には……ランダムを使用するのはどうか!?
 ご存じの通り、曲が始まる前に「ランダム」の設定をONにしておくと降り注いでくるポップくんの列がバラバラになる。そう、押しにくい「階段譜面」がただの「バラ打ち譜面」となるのだ。『オキナワ』でBADが出るのは滝の部分に集中している。『スコティッシュ』の階段部分で黒い動物に噛みつかれる回数を減らすことが出来れば、かなりの量のゲージを持ち越すことが出来るのではないだろうか……?

 さっそく実践。
 難なく三倍速で『アメリカ』を越える。BADはかなり減って4。
 『スコティッシュ』を叩く前に「ランダム」のオプションを入れてみる。速度は三倍のままである。するとどうか! 譜面の配置にも恵まれたのだろうが、右に左にポップくんがバラけて、三倍速で間隔も大きく空いているものだから最初の「階段部分」をNO BADで抜けたときは拍子抜けしてしまうほどだった。三倍速で叩いているときはだいたいBADが15くらい出るのだが、ランダムを入れたら急にBAD4まで減った。……『オキナワ』に突入する時にフルゲージだなんて初めてだ。あとはここでどれだけゲージを残せるか! 「ランダム」のオプションを外し、普通に三倍速で『オキナワ』横断を試みる。
 前半はノーミスで進むことが出来たが、例の「たっからっかに〜♪」の部分で同時押しのテンポが外れてしまった! ベストはBAD16なのだが、今回はBADを31も叩き出してしまった。『オキナワ』は特に出来たときと出来ないときの差が激しく出る曲だ。だがそれでもゲージは半分残っている。これならばもう少し中国奥地にまで行けるかも知れない。

 ここでもう一つ閃くものがありました。
 『カントン』もランダムを入れて叩いてみてはどうか。
 はっきり譜面が見えたわけではないが、終盤の譜面は同時押し(離れた白と緑とか)の間に一拍ポップくんが挟まれ、もう一度同時押しが入る、といった譜面のようだ。同時押しと同時押しの間に一拍入るのも嫌らしいが、同時押しするボタンが遠く離れているため、叩く方としては幻惑してしまいがちだ。
 この譜面にランダムを入れたら……もしかしたら、もの凄く押しやすい譜面になるかも知れない。
 四曲目、『カントン』の始まる前に曲オプションで「ランダム」を入れてみる。一度決めたら、行動は速かった。即座にランダムのオプションをONに設定する。

 前奏を越え、中盤のサビを越える。三倍速なので、次のポップくんを見切りやすかった。余計なところでゲージを消費するわけにはいかない。
 そしていよいよ終盤! ここでにわかに画面一杯にポップくんが降り注ぐところですが、離れた同時押しの部分が幸運にも片手で拾えるほど接近してくれました! ときおりBADの文字が見えますが、比較的ポップくんの密集しているところを狙い打ち、一つ落としても二つ拾う、というやり方でゴールまで駆け抜けてしまうことを考えました。肉破れ、血流れるともゲージが一本でも残ればそれでよいッ!!
 集中力を極限まで引き上げ、譜面を見切り、反応の限界に挑戦する勢いでボタンを叩く、叩く! 逆に耳からは曲が遠ざかっていきます。でも、ゴールまで、ゴールまであと少しッ!

 ふいに譜面の密度が下がる。目の前がぱっと開けたような錯覚に陥った。
 あぁ、抜けたんだ。
 そう思うや否や、三つのポップくんがバラリと。

 「ちょいやっちー」

 そうか、ハイパー譜面は三つに別れているんだ。
 ……終わった。ただそれだけを思った。

 ゲージは焼き切れそうになっていたが、それでもBADは15。思っていたよりも少なかった。
 リザルト画面が表示されるが、得点はもう覚えていない。ただ、総GOOD数が頭抜けて多かったことを覚えている。COOLでもGREATでもなくGOODが多い。慣れない三倍速で押すタイミングが微妙に遅くなっていたのか、それとも『カントン』の終盤で必死に譜面を目で追ってから手を動かしていたからか。

 満身創痍。
 全身生傷だらけになりながら、こうして目的の地……中国で倒れた。
 見えない、傷だらけだった。


 <その後>